『本草綱目』(1)
"本草"という名称、その出所、時代等については諸説があって明確ではないが、いずれも紀元前に遡る話である。また、その意味も不老長生とか、錬金といったことに深い関連があるようである。
一般的に本草学の始祖は伝説の神農といわれ、その最も古い書物は『神農本草経』とされている。 しかし、不老長生、食治却病、治療疾病に使用する薬物をも含めて考究する学問としての本草学が大成されたのは中国の明代、万暦年代に至ってのことで、その大成された本草書が李時珍の『本草綱目』である。
『本草綱目』については既に大変多くの詳細な調査、研究がなされているので筆者らは『本草綱目』の第3巻、第4巻"百病主治薬"(上下)の中"眼目"を主にとりあげて紹介してみたいと思う。
本書は中国、明代、斬州(湖北省)の人、李時珍(字、東壁、1518〜1593)の撰である。その著作には明の嘉靖31年(1552)に着手し、万暦6年(1578)に至るおよそ30年の歳月を要し、全国各地を訪採し、古今諸家の学説、文献等を集め、稿を改めることおよそ3回、漸く完
成をみたといわれる。
本文52巻、附図3巻(上中下、全1110図)から成り、1892種(内新種374)の薬物を鉱物、植物、動物の順に16部、62類に分類し、
これを釈名(異名と其語原)、 集解(基原、産地、採集法、加工法、 貯法)、 修治(調製法)、気味(形状、性質、 薬理)、
主治(薬能と病名)、
発明(薬能論)、附方(処方と薬効)の各項に分け、8160の処方を載せた薬物の大著である。引用された医書の数も梁の陶弘景以下唐宋の本草に引用された医書84種に更に李時珍の引用した医書類およそ276種、
その中には『眼科龍本論』、『明目経験方』『宣明眼科』「」眼科針鈎方』等の眼科専門書も含まれ、この外、古今経史百家の引用書は590餘種にのぼるという。世界的にみても薬物書として最大文献の一つに数えられている。
本書の巻数と類別は明の万暦31年、夏良心の重刻序のある刊本の総目録によると以下の通りである。
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1、2巻: |
序例(上下) |
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3、4巻: |
百病L治薬(上下) |
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5巻: |
水部2類 |
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6巻: |
火部l類 |
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7巻: |
11部1類 |
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8巻〜11巻: |
金石部5類 |
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12巻〜21巻: |
車部11類 |
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22巻〜25巻: |
穀部4類 |
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26巻〜28巻: |
業部5類 |
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29巻〜33巻 |
果部6類 |
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34巻〜37巻 |
木部6類 |
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38巻: |
服器部2類 |
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39巻〜42巻: |
轟部4類 |
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43巻〜44巻: |
鱗部4類 |
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45巻〜46巻: |
介部2類 |
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47巻〜49巻: |
禽部4類 |
50巻〜51巻: |
獣部5類 |
52巻: |
人部1類 |
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等16部60類、1892種。 |
この様に3、 4巻は百病主治薬(上下)の表題のもとに各種疾病治薬として用いられる薬物を挙げたものであるが、以下眼目の部に記された薬物が眼疾にどの様に使用されたらよいのだろうか。
内障昏盲(ソコヒ)、 外障警膜(ウハヒ、角膜病、その他の外障)の治療に用いられるものの内、幾つかを挙げてみよう。
赤腫に龍膽が用いられる場合: 赤腫で?肉が隆起し、痛み忍び難きに用いる、目中の黄エイを去る、眼疾に必用の薬、暑季の目ショク、(結膜炎の類)に黄連汁と共に點ける。漏膿には当帰と共に末にして服す。
昏盲に蒼求(朮か?)が用いられる場合: 肝を補い、 目を明にする。熟地黄と共に丸にして服す、茯苓と共に丸にして服す、青盲(緑内障、アヲソコヒ)、雀目(トリメ)には猪肝、
羊肝と共に粟米湯で煮て食う、 目昏ショク(結膜炎)には木賊と共に末にして服す、小児の目ショクで開かぬには猪脂と共に煮て丸にして服す。
決明子が用いられる場合: 淫膚(角膜を侵すこと)の赤白膜(星エイ、 メボシ)、青盲を除く、 積年の失明、 青盲、雀目には末にして米飲で服し、あるいは地膚子を加えて丸にして服す。
蔓青子が用いられる場合: 醋で煮、あるいは醋で三回蒸し、末にして服すれば青盲を十中の九まで治癒する。花を末にして服すれば虚労目暗を治す。
青羊肝が用いられる場合: 目暗、赤痛、および熱病後の失明には生で食い、水に浸して貼る。青盲には黄連、地黄と共に丸にして服す、小児の雀目には白牽牛末と共に煮て食う。赤目失明には決明子、蓼子と共に末にして服す。風熱昏暗で?を生ずるには生で搗いて末にし、黄連と共に丸にして服す。遠視し得ぬには葱子末と共に粥に煮て食う。
エイ膜に○(くさかんむりに見)實が用いられる場合: 青盲、目エイ、黒花、肝の疾患の客熱に効く。
龍脳香が用いられる場合: 目を明にし、膚エイ(星エイの一名)、内外障を去る。日毎に数回點眼する。
楮實が用いられる場合: 肝熱が生じた?には研末して日毎に服す。荊芥と共に丸にして服すれば目昏を治す。葉末、白皮灰に麝を入れて一切の?に點ける。
空青が用いられる場合: 漿を青盲、内障、エイ膜、瞳の破れた時に點ければ再び視力を回復する。膚エイにはズイ仁と、また黒エイには礬石、貝子と共に點ける。
鉛丹が用いられる場合: 一切の目疾には蜜と共にいって點ける。また烏賊骨と共に赤目で生じたエイに點ける。あるいは白礬と共にエイにつける。
石決明が用いられる場合: 目を明にし、エイを磨す。甘草、菊花と共に煎じて服すれば羞明を治す。海蚌、木賊と共に水で煎じて服すれば肝虚で生じたエイを治す。(白井光太郎監修、鈴木真海翻訳、『頭註国訳本草綱目』による)。
この様に『本草綱目』には相当な紙数を用いて眼疾治療に用いられる薬物を挙げ、その用い方をのべている。江戸時代初期には眼病の治療に手術療法が未だ多く用いられなかったので、こうした薬物治療が主に用いられたものと考えられ、本書の利用は当時の医家に大いに役立ったものと思われる。
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