いわゆる中国の金・元医学がわが国に入つてきたのは、およそ室町時代の末期(16世紀の初め頃)で、その端緒を開いた人は田代三喜(名・導道、詳、三喜、字・祖範、号・意足軒、江春庵、日玄、善道、支山人、範翁等、武州越生の人、1465〜
1537)である。
三喜は長享元年(1487)23歳の時に国使に従つて渡明し、延べ12年間明に留まり、僧月湖(僧医、明監寺と称し、潤徳斎と号す、享徳2年、明に渡り法を求め、銭塘に住し医を行なう。『全九集』『済陰方』を著わす)に師事して李東垣、の医説を学んで帰国した。また、三喜は虞搏の医説をも承けた。
これらの医説はわが国医学中興の祖として仰がれる曲直瀬道三(名・正慶あるいは正盛、 字。一漢、 号・雖知苦斎・盗静翁・寧固斎、通称道三、平安の人、1507〜1595)に受継がれ、さらに、それは既に紹介した『察証弁治啓迪集』や、二代目道三玄朔(名・正紹、号。東井、延寿院、通称。道三、平安の人、1549〜
1631)の著書等によって道三流学派として全国的に広められ、安土。桃山時代から江戸時代におけるわが国近世医学の主流をなした。このように、わが国近世医学の発展に影響のあった虞搏の『医学正伝』を紹介する。
今日伝えられている『医学正伝』の序によれば本書は明の正徳10年(1515)に虞搏(字・天民、恒徳老人と号す、花漢の人)によって編集され、それから17年後の明・嘉靖10年(1531)に虞搏天民の姪孫に当る虞守愚(字・惟明、表徳と号す、
義烏の人)が伝写、文字の差誤を再校し、天下に刊行した。
天民の故曽叔祖誠斎府君は丹渓と同世同郷にして、また、医術に優れていた。それ故、天民も祖父の家学を相受け丹渓の遺業を淑くした。この書が"伝"といわれるのは、虞搏天民が祖父より授くる所の軒(軒転黄帝)、岐(岐伯・黄帝六臣の最上)、
越人(秦氏、名は越人)、張(張子和)、劉(劉河間)、李(李東垣)、朱(朱丹渓)の医道の正学を更に後世に伝えるという義で"医学正伝"といわれる。
その後、嘉靖32年(1553)に重校され、更に明・万暦5年(1577)に金陵呉松亭から刊行された。わが国に本書が何時もたらされたか明確ではないが、元和8年(1622)二条玉屋町村上平楽寺開板の『京板校正大字医学正伝』第8巻末尾には
「右全部八巻二十餘年閲之云々永藤十二巳己年間五月十日雖知苦戸道三」
なる識が同刻されている所より考えると、初代道三は明の万暦5年の刊本が出る前の『医学正伝』を閲読していることになり、それは正徳本、嘉靖本のいずれであったのだろうか。ともかく本書は天文年間(1532〜1554)の末にはわが国にもたらされていたものと推測できる。
『医学正伝』は全8巻からなる医学全書であるが、首に或問51条を掲げ、素・難(素問、難経)を本とし、張子和、劉河問、李東垣、朱丹渓の学の粋を集め、まことに医家の最要とされたものといわれ、わが国(中世における)の医家はその或問51条を抜書して初学のためにこれを講じ、後学の楷梯とした。
殊に道三流においては
「『医学正伝』者當門派至宝之書也云々………」
(曲直瀬玄朔二代日道三、慶長9年識)
と書き込まれているように、本書は道三流学派にとつて如何に重要視されていたかが窺える。
本書は先ず病門64を挙げ、その毎病門の総論は皆内経の要語の旨を採り、 これを毎病論中の提綱としている。
巻1
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医学或門 51条
1.中風門 2.傷寒門
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巻2 |
3.瘟疫門 4.斑疹門 5.内傷門 6.中暑門 7.湿證門 8.乾燥證門 9.火熱門 10.鬱證門 11.痰飲門 12.咳嗽門
13.哮喘門 14.瘧證門 15.霍亂門 16.泄瀉門 |
巻3 |
17.痢門 18.嘔吐門 19.噎隔門 20.アク(食へんに厄)逆門 21.呑酸門 22.ソウ(口へんに曹)雑アイ(口へんに愛)門 23.痞満門 24.腫脹門 25.積聚門 26.虚損門 27.労極門
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巻4 |
28.眩運門 29.頭痛門 30.胃カン(月に完)痛門 31.腹痛門 32.腰痛門 33.脇痛門
34.諸気門 35.疝気門 36.脚気門 37.痛風門 38.痿證門 39.諸虫門 |
巻5 |
40.麻木門 41.耳病門 42.目病門 43.口病門 44.喉痺門 45.歯病門 46.鼻病門 47.血證門 48.痔漏門 49.汗證門
50.シ(=やまいだれに至・ひきつり)證門 51.厥證門 52.癲狂癇門
53.邪崇門 54.セイ(りっしんべんに正)チュウ(りっしんべんに中)驚悸門 55.三消門 |
巻6 |
56.便濁遺精門 57.淋閉門 58.秘結門 59.黄疸門 60.瘡瘍門 61.癩風門 62.破傷風門 |
巻7 |
婦人科 経候上 胎前中 産後下 |
巻8 |
小児科 1.急慢驚門 2.発チク(てへんに畜)門 3.五癇門 4.諸疳門 5.吐瀉門 6.痘疹門 |
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