各病門は更に論、脈法、方法および祖伝経験方などの順に従って述べられている。眼科はその第5巻に第42目病門として次のごときものについて記されている。
病論、脈法、丹渓方法凡10条
滋陰地黄丸、撥雲退翳丸、羊肝丸、春雪膏、爛翳験方、神効明目湯、明目細辛湯、復明散、助陽和血湯、帰葵湯、救苦湯、益陰腎気丸、当帰龍謄湯、瀉陰火丸、療本滋腎丸、加味滋腎丸、退翳膏、龍膽飲子、還晴紫金丹、重明散、石膏?活散、黄連膏、ジョウ(さんずいに條)昏膏、金絲膏、地芝丸、眼睫方、點眼光明丹、丹渓活套、祖伝固本還晴丸、経験復
明膏。
本書の流布本には中国、明の万暦版を初めその関連本も含めていろいろでているが、わが国においては慶長2年(1597) 小瀬甫庵が開版した古活字版の「新編医学正伝」が初期のものである。以下その他主なものを列挙してみる。
慶長8年 |
(1603) |
古活字版 |
(下村生蔵彫刻) |
元和2年 |
(1616) |
古活字版 |
(六条鏤版) |
元和7年 |
(1621) |
古活字版 |
(梅寿刊) |
元和8年 |
(1622) |
整 版 |
(村上平楽寺開板) |
寛永11年 |
(1634) |
″ |
|
慶安元年 |
(1648) |
″ |
|
万治2年 |
(1648) |
″ |
|
また、「医学正伝」の注解、抄本としては、
「医学正伝論」 |
(明暦2年、文臺屋次良兵衛開板) |
「医学正伝或問」 |
(天和2年、金屋半右衛門、銭屋儀兵衛開板) |
「医学正伝或問抄」 |
(中江玄昌淡水編録、承応4年、村上平楽寺開板) |
「医学正伝或問」 |
(医家七部書の内、元禄13年刊) |
同 上 |
(医家七部書の内、元禄13年改正新刊、聚文堂) |
「医学正伝或問諺解」 |
(岡本為竹一抱撰、享保13年須原屋茂兵衛等発兌) |
「医学正伝増補」 |
(苗村丈伯) |
「医学正伝標註」 |
(高瀬学山) |
「医学正伝首書」 |
(吉田意庵) |
|
(岩波国書総目録による) |
等々が次々に編録され、「医学正伝」は、 より多くの読者を得たものと思われる。
このように虞搏の「医学正伝」は、わが国、安土、桃山時代から江戸時代中期にかけての金、元医学導入に一役かったばかりでなく、その医説は李朱医学を通じて道三流医学の礎をなし、わが国近世実証的医学の胎動的役割をもなしたということができる。
参考文献
1 |
虞 搏 |
新刊京板校正大字医学正伝 |
明、 万暦版 |
2 |
虞 搏 |
新刊京板校正大字医学正伝 |
寛永11年(1634) 刊 |
3 |
虞 搏 |
新刊京板校正大字医学正伝 |
元和8年(1622)刊 |
4 |
虞 搏 |
医学正伝 |
元和、古活字版 |
5 |
岡本為竹 |
医学正伝或間諺解 巻1〜8 |
享保13年(1728)刊 |
6 |
岡本為竹 |
医学正伝或問 |
天和2年(1682)刊 |
7 |
岡本為竹 |
医学正伝或問 |
元禄13年(1700)刊 |
8 |
岡本為竹 |
医学正伝論 |
明暦2年(1656)刊 |
9 |
中江玄昌 |
医学正伝或間抄 |
承応4年(1655)刊 |
10 |
蓼温 仁 |
支那中世医学史 168〜 174 |
京都、カニヤ書店、1932 |
11 |
三木 栄 |
朝鮮医書誌 244、374 |
堺市、1956 |
12 |
三木 栄 |
朝鮮医学史及疾病史 309 |
堺市、1963 |
13 |
岡西為人 |
中国医書本草考 |
大阪、南大阪印刷センター、1974 |
14 |
石原 明 |
日本歴史新書、 日本の医学 |
東京至文堂、1959 |
15 |
富士川遊 |
日本医学史、185、280 |
東京、 日新書院、1943 |
16 |
川瀬一馬 |
増補古活字版の研究(上・中・下) |
The Antiquarian Booksellers Association
of Japan、1976 |
17 |
日本学士院 |
明治前日本医学史、 4:244 |
東京、 日本学術振興会、1964 |
*画像はクリックすると大きくなります。 (ブラウザのボタンでお戻りください)
|