13.眼書一流之秘伝
古写本に記された年代には秘伝などの授受によって書き込まれるものと、その書きとめられたものが後世において書写相伝された時に記される書写年代とがある。眼科諸流派の秘伝書においてもこの原本成立年代と書写相伝年代の異なるものがままある。『眼書一流之秘伝』はそうした類に入る古写本である。
『眼書一流之秘伝』は36葉全1冊、 横長本で、 淡青色手漉和紙に達筆な平仮名にて丹念に記述された古写本である。各見出しの文末識語年代には天正5年、
文禄元年、慶長9年および元和3年等の年号が記されているが、この写本が実際に書かれた年代は筆跡、朱墨の濃淡等の具合から元和3年以降の書写と思われる。
本書の内容は、大見出しに「眼書一流之秘伝」、「眼裏秘伝妙」、「眼裏見様之事」、「玉石薬性論」等が挙げられそれぞれの極意を記述している。
病論は他の眼科秘伝書などにも掲げられている「夫眼ハ五臓ノ勢メイー生ノ宝、天ニ日月アルコトク五臓六腑ノセイキミナ目ニアツマリテ
…」という書き出しで始まる中国(明代)の眼病論てある。病論に続いて竜脳膏を初め、およそ44種の薬についての薬性を記している。
「眼裏秘伝砂」、「眼裏見様之事」の条には白内障、青内障、黄内障、黒内障等内障および外障の病態と五金膏、丹珠散、竜脳散、真珠膏、天華散、銅青散等の惣薬、掛薬、指薬および洗薬の処方を挙げ、その用い方を記し、「玉石薬性論」の項には石膏、
寒水石等47種類の薬性を論じている。
この様にこの『眼書一流之秘伝』はそれぞれの見出しによる文末に識語と年号が記されているところより、 この年月において秘伝の授受がなされたものと思われる。あるいは他の秘伝書からの抜粋によって後世において作成されたものとも考えられる。この秘伝書の随所に「口伝二有り」としてその極秘の部分は堅く秘されているが、本書によってわが国天正、文禄年代に行われていたとみられる眼病治療の様子の一端をうかがうことができる。こうした点からも本秘伝書は貴重な文献であり、先覚者達の遺産として大切に扱いたいものである。
14.天真流目之療治略書
この写本は『天真流一子相伝之法』という秘伝書の眼の療治法の巻を別に書き出したもので、いわば天真流の眼科治療書である。
天真流という流派についてはその資料も少なく未調査て明らかでないが、 この秘伝書の文章末尾には所々に『ゾ』という文字が使用され、
いわゆる『ゾ』式文で書かれているので、時代的には相当湖った年代の写本と考えられる。
この『ゾ』式用語方式は室町時代特有の語法で、国語学研究上重要視されているといわれる。筆者の手許にも『諸病治方書』(カナ抄)、『授蒙聖功方』(曲直瀬一溪道三撰)、『能毒』(曲直瀬一溪道三述)、『師語録』(曲直瀬一溪道三撰)等の古医書があるが、これらは何れもかな交りの邦文で書かれ、『ゾ』式文で綴られている。また、これらの医書は室町から安土桃山時代にかけて成立しているところから考えて、『ゾ』式文を用いている『天真流目之療治略書』も同時代に成立したものと推察される。
『天真流目之療治略書』は墨付21葉、 全1冊、 横長(14.5×21 5cm)、 厚手和紙にかな交り和文にて書かれ、内容は主に天真流眼科の諸指薬について述べたものである。この流派において使用された薬種および薬名には次のものがあった。
『当流薬種集』
石膏、鵬砂、氷砂糖、寒水石、貝歯、 滑石?樓根、 辰砂、 光明丹、朱、白丁香、竜脳、天石、生脳、真珠、麝香、明礬、角石、○(=きへん、に 壬)蛎、虎肉、鳥賊、白礬、白竜、青明石、○(=虫へん + 也)骨、白粕、決明石、爐岩石、竜骨、胡桝、虎膽、
ハラヤ、貝石、 カマ虫ロク青、 黄連、木賊、黄白、米穂、椿の実、○(=ウ冠+はつがしら+虫)、ウニコフル。
『当流指薬之惣名』
明皇散、真皇散、 青炳散、?樓散?、虎肉散、玉真膏、萬明散、金明丹、大乙膏、膜切散、大白銀、真珠散、金信膏、外霊膏、白雲散、
紫雲散、信六散、祓農圓、王龍皇圓、竜脳散、○(=やまいだれ+居)利散、黒内障散、白内障散、黄内障散、内五霊膏、麝香散、洒薬
天真流限科においてはこの薬種集に挙げられた薬種の調合により各種の指薬がつくられ、 諸々の眼疾治療に用いられたとみられる。
この様に『天真流目之療治略書』は安土桃山時代前後の天真流眼科の眼疾薬治療法を伝えたものと思われ、その使用薬種、薬名を明らかにしている秘伝書の一つである。
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