眼科諸流派の秘伝書(13)
22. 明眼用方
古写本の中には書誌学的事項、つまり著者、 書写年代、 内容目次その他それぞれがはっきりしているものと、それらがほとんど不明のものとがある。ここに繙く『明眼用方』はその後者の部類であるが、
年代的にはやや時代を辿る(江戸時代初期)ものと思われる。
『明眼用方』は墨付24葉(22×15cm)巻上、1冊もの、片仮名漢字混りの和文で記述された眼病治療の秘伝書である。本書の内容は眼病禁忌事、眼病治療薬、眼病名(絵図入)眼病治療法等の記述からなっている。
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眼病禁忌として次の項目が挙げられている。 |
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1) |
冷水ニテ目ヲ洗ウベカラズ |
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2) |
日夜二細字ヲ書クベカラズ |
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3) |
火ヲ見ルベカラズ |
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4) |
焔二当ルベカラズ |
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5) |
灯火ヲ久シク見ルベカラズ |
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6) |
酒ヲ飲ミ過スベカラズ |
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7) |
雪中二月ヲ見ルベカラズ |
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8) |
日前二華惣シテ日月ノ光ヲ久シク見ルベカラズ |
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9) |
遠方ヲ見ルベカラズ |
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10) |
常ニ目ヲ洗イ繁ク見ルベカラズ |
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11) |
風呂二入ルベカラズ |
本書にはその頃の眼病禁忌の知識としてこの様に述べられているが、眼病に対する養生法あるいは禁物事項としては中国唐代の初め、孫思バクによって著わされた『千金方』などにも掲げられている。例えばその眼病門には以下のような禁忌諸項が述べられている。
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生食五辛、 |
接熱飲食、 |
熱食○食、 |
飲酒不已、 |
房室無節、 |
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極目遠視、 |
数着日月、 |
夜視星火、 |
夜読細書、 |
月下看書、 |
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抄寫多年、 |
雕鏤細作、 |
博奔不休、 |
久処煙火、 |
泣涙過多、 |
刺頭出血過多 |
これらは何れも眼病禁忌の事がらであって永い歳月にわたる人々の経験から生れた戒めや養生法と思われるが、まことに現代にも通用され得る古くして新しい不滅の知識である。
本書に掲げられた薬種をみると指薬、内薬、練薬、洗薬が主であるが、その名称には次の種類が挙げられている。
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青梅散、 |
紫金膏、 |
龍脳向煎、 |
紅梅散、 |
柳梅散、 |
辰砂瀉血散、 |
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瀉肝湯、 |
明眼地黄円、 |
三黄円、 |
延命円、 |
琥珀紫金膏、 |
切薬(口伝アリ)、 |
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金明膏、 |
玉明膏、 |
龍脳丹数散、 |
龍脳散、 |
観音煎、 |
久立香 |
また、本書は眼病の分類は不確定で、ただその病名をおよそ30余種挙げている。すなわち、
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青底火、 |
黄底火、 |
赤底火、 |
白底火、 |
黒底火、 |
白底火始、 |
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上火始、 |
客霊膜、 |
星推、 |
條推、 |
指扇、 |
簾膜、 |
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山根膜、 |
爛膜、 |
閇膜、 |
虫膜、 |
目星 |
分出膜、 |
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山本膜、 |
藤膜、 |
縛膜、 |
大雨独、 |
別膜、 |
峰雲膜、 |
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処熱、 |
蟹目、 |
血道目、 |
血目、 |
目瘡、 |
目蛭、 |
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目○(魚へんに肖)、 |
疱瘡目、 |
飛火目、 |
中火、 |
上火、 |
病目 |
等である。
これらの眼病を前掲の薬で治療したものと思われるが、治療には引刀、熱金、温金等も使用されたように述べられている。
このように本書は指薬、内薬、練薬、洗薬などの薬物治療をのべたものである。もとよりその眼病論は"五臓六腑の勢気皆目に集る云々"という耆婆の説く論に基くもので、明らかにわが国に伝えられた中国古代眼科であることが察せられる。
本書が何時頃作成されたか不詳であるが、本書の末尾には『江之住人狩野金松本写申候也』と認めた1行があり、狩野氏が先人から伝受したものと思われる。
また、本書には明眼地黄円等薬の処方に瑞竜寺流が採り入れられているところより、あるいは瑞竜寺*などとも関係があろうかとも考えられる。
* 瑞竜寺、 別称を村雲御所といい、 日蓮宗の門跡、 京都堀川元誓願寺上ルにあり、 豊臣秀次の母妙恵日秀尼(瑞竜院)が秀次の書提のために建立した。
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図1 明眼用方 巻上 巻頭。「眼病禁忌事」 |
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図2 図1同書、眼病療法。個々の眠病名に彩色眼病図を描き、その治療法を加筆している。 |
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図3 図1同書、巻末。書写相伝者と思われる狩野某がよみとれる。 |
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