眼科諸流派の秘伝書(16)
25.『豁開活眼睛』
わが国最大の眼科流派といわれる馬嶋流眼科については既に多くの研究者によって今日その全貌が次第に明らかにされてきているが、その秘法、秘伝書などの深奥を探究するにはなお相当な時間が必要とされるようである。
一子相伝の形で受継がれてきた眼科秘伝書は大抵の場合、各々流派の流儀保持のため師弟、門弟以外には固く秘していたので秘伝書に他の諸流派の伝法、秘法、流儀などを全面的に採り入れて作成されたものは数少ない。
『豁開活眼晴』は眼科秘伝書の中でも、 そうした他の諸流派の妙術を多数採り入れ、その内容をより豊かにしている珍書の一つである。『豁開活眼睛』を紹介するに当って、そうした作者の意を端的に示しているのが本書の序文であると思う。以下その序文を掲げる。
『豁開活眼睛』序文
熟稽人間之病苦真相應化之發證明暗悟迷者以發明為普照以暗蔽為黒花以盲迷為雲翳以悟道為明目故人皆被翳障三毒内瘴諸醫不得治依?薬師如来以衆病悉除方便為天下醫人記天眼流通妙術令傳授一切衆生處巻懐中莫容易万人雖有眼瞎耳聾之悪病此時巳至是好良薬豁開活
睛扶籬模壁之盲者則時放光明治万眼直瓦解氷消普照一切悉見三千界誰豈及孤疑半奇哉妙哉如是々誠両眼者譬如日月視万物察繊毫何而莫不至日月一時晦則風雲雷雨致處也先光明者四気七情之所害大低眼目者五臓之精華一身之至要也這箇者是雲林所説不自智故薬師真傳之五
霊膏其威甚多帰命頂礼甚竒特真嶋家傳秘抄不在他家日域之珎書謹拝畢
一抽三市之助用焉
『豁開活限睛』は全1冊104葉、横長本(14.0×20.0 cm)、 片仮名漢字混りの和文で記された写本であるが、他の眼科秘伝書の多くに見られるような眼病絵図はあまりない。
次といったものは付いていないが、およそ次のような内容の見出し項目を挙げている。
序文、四十八種薬性能毒、眼目論、眼目見様之事、療治之次第并ヌル金之事、 目医師一大之事、薬性能毒、 目平生養性之事、真嶋秘伝抄、甲斐之白方之一流目見様之事、筑紫玉泉坊流(伊勢之国谷野坊偉授之方)。
序文は前掲の通りであるが、次に掲げられた四十八種薬性能毒には以下のものが挙げられている。
磨香 龍脳 白礬 塩硝 蓬砂 真珠 辰砂 貝子 光明丹 光明朱 朱 生脳 叟明子 白丁香 樓石 寒水石
石叟明石 石叟明 代緒石 根石 角石 叟明石 石盟明 代緒石 根石 角石 ○(虫へんに他)骨 牡蛎
白龍 ○(確のいしへんなしに似る)子 石膏 ○(確のいしへんなしに似る)貝 升石 赤石脂 茗石 滑石 濾甘石 青石脂 黄石 麟天石
白石脂 虎謄 虎肉 白紛 金○(内の下に虫) 墨○(さんずいに冗) 榴石 我前石 礬石 随仁 石鐘乳
黄丹 麒麟血
これら48石の他にも石の種類はあるが用いず、 として特にこれだけを選びだしている。
眼目論の項には眼目宜物、眼目禁物にそれぞれ次のようなものを挙げている。
宜物として大麦、小麦、粥、水團、オモ湯、山ノ芋、干菜、梅干、芋ノ茎、香物、中房、砂糖、串柿、正月餅、干鯛、イリコ、鮑、文○(さかなへんに謡のごんべんなし)魚
また、禁じ物として、○(おんなへんに謡のごんべんなし)、酒、湯、力、行、音、炎、風、白、細、一切ノ海草、菌油物、餅類、豆腐、芥子、筍、
青鯖、茶、韮、春梅、蓼麦、○(ひえか?)、粟、 炒物、 麺類、黒鯛、 ○(さかなへんに制)、 鳥賊、一切ノ川魚、等が挙げられ、如何に眼病と食物とのかかわりについて昔から考えられてきたかがうかがわれる。
眼目見様之事: この項では痛目、丁目、外障、内障、中障、正気膜・屮膜、爛膜、風毒膜、羽翳膜、山根膜、志膜、藤膜、薄膜、若木膜、宝殿膜、篠突、月輪、血道目、
目瘡目蛭、目茸等について記しているが、内障について次のごとくのべている。
「内障ハ青黄赤白黒五色也、是ヨリ分テ三十六種ノ品アリ、初ハ人見濁霞後色々二分ル也、白内障、黄内障ノニ色ニハ針ヲ以テ膿取能々療治スレバ大概肝ヨリ発故ニ白眼人見濁故見分難キモノ也、初ハ何トモナク、
コウズレバ針ニテ刺ス様ニシクシクト痛也、常二温ナル泊タル也、洗薬ニテ洗時前ヨリ青クナラバ治ルト可知。薬口伝有之」
療治之次第并ニヌル金之事: ここでは風毒目、疵目等いずれの目病でも目の性弱いものにはヌル金は用いず、薬ばかりで養生することが肝要であるとしている。
"真嶋秘伝抄""甲斐之白方之一流""筑紫玉泉坊流"の項はこれら流派で用いられた薬性能毒、
目の養生法および眼病治療法が述べられているがその治療法の中には他の諸流派の方法を多く採り入れ、流派別治療法をよく研究しているように思われる。
記述の中に散見される諸流派名の主なものを挙げると、信朝田殿家伝薬(病日薬) 卜印流(松明散) 真嶋家の秘伝(點醫膏) 小玉流(天竺散) 甲斐白方流
筑紫玉泉坊流(伊勢之国谷野坊伝授の方) 寺田流(突目) 高越流 四国小右衛門流 高野西谷流 麻香流(明眼丹) 神守玄入流(○(確のいしへんなしに似る)目) 真嶋流
岩渕流(出口信濃殿より琢室伝授の方、大白散) 宗丹流 阿達流(滑石散) 吉祥流(太一膏) 洞須坊流の秘法(辛螺散) 尾州名古屋谷田茂奄流
氏直様の法(向原三左右衛門殿の伝) 青山豊前守殿流(内療)
秘伝南蛮流(真珠散) 久而流 麟流 京三條通山村吉右衛門流 貫十流 伯者国光善流祐奄伝 常明寺祐海法印伝
江島聚丹流 和歌山田辺卯右衛門流 (虚眼) 鷹野山功徳寺流(堀尾山域殿より代々の伝薬) 雲州亀瀧青瀧寺流
円空流 祖心流 古田卜菴流 見信西村九衛門流(突目) 松坂徳応伝 摩呂斯流。
等々の流派の秘伝、秘法の療法が挙げられているが、これらの何々流としているものが果してそれぞれ所謂一流一派をなしていたかどうかは明らかでない。しかしそれぞれの自慢とする流儀なり秘密の療法をもっていたものと思われる。筑紫玉泉坊流(伊勢之国谷野坊博授ノ方)の内障眼に対する針の立て方など1ま大変詳しく述べられている。その条に「白内障、黄内障、中障是三ッノ針也、先病者ニ能食ヲ可進天気如何ニモ晴テ風モナキ時分外二住傘ヲ指テ其下二病者ヲ寝サセテ枕ヲヒククシテ昼ヨリ前二可立如何ニモ吉日撰立也、医者モ如何ニモ機嫌能時分立也、見セ針之事、先目ヲ左手ニテ如常アケテ黒目人見ノ上二針ヲ横二置キ眼玉ヲ定サセテ云々」とあり、施術時の患者の体力、天候状態、時、術者の心構、患者への心遣い、殊に針を立てる前の"見セ針"のことなど細心の注意がはらわれていることがうかがわれる。
本書は「薬師如来以衆病悉除方便為天下醫人記天眼流通妙術云々」と序文の中に述べられている様に、諸々の病を治す神通力的妙術を醫家のために書かれた眼科書のごとく、ただ一流派の秘伝書と少しおもむきを異にしていると思われる。
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図3 図1同書、筑紫玉泉坊流による内障に針を立てる絵図および ”見セ針” の図(右端)
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