眼科諸流派の秘伝書(17)
26.大智壹流小鏡巻
馬嶋流眼科には延文年間中興の祖と仰がれた清眼僧都が創始した明眼院(寛永9年寺号 改む)系統と馬嶋大智坊重常(大永7年3月8日入寂)分派の別派がある。
馬嶋大智坊眼科は大智坊重常にはじまり、第12世円祥(文化6年5月31日入寂)に到り、 それ以後は岐阜へ移住したと伝えられる(福島義一著『日本眼科全書』第1巻61頁)。
『大智壹流小鏡巻』は法橋大智老翁より代々相伝えられた眼科秘伝書にして、 天明7年 (1787)玄明叟より南雲氏に書写相伝されたものである。本書の末葉には謂れが次のように
認められている。
「夫此小鏡書者 美濃国義府住自法橋大智老翁 嫡嫡相承之書也、今羽陽米府城有南雲氏、未為若歳 甚志醫道 吾今此志深?思量古徳語、
青々一寸松中有 棟梁姿如是且喜不斜我末流為繁栄例之 今此書壹巻傳府者也。
維時天明七丁未歳九月吉祥日
傳師 松原現住持玄明叟書之在判
傳受 南雲氏」
また、本書の"傳府列祖次第"によるとこの秘伝書は 法橋大智老翁 ― 呑海大和尚 ―全英大和尚 ― 祖仙上○(唐の口のない字)― 玄明和尚 と相受継がれ、南雲氏に伝えられたものと思われる。
本書は全1冊18葉、 5針大和綴の和本(29×18cm)、漢文で書かれたものである。内容は初めに眼論1葉を掲げ(五輪図同掲)各種眼病の病症と治療法、
目疾用本草備要および
別伝の指薬、加薬等薬性論を述べたものである。その眼病名称には以下のものが挙げられている。
悪肉、台場星、海士精、最瘡、数丸星、外傷(二症)、藤膜(三症)、簾膜(二症)、 癘(二症)、釣膜、月輪(二症)、
天火、爛目、風眼、怒肉、浮障(二症)、 窪、黄内障、
青内障、中内障、黒内障、血内障、石内障、白内障。
この中、特に7種の内障は皆大難病に取扱われ、見そんじては大事となり、療養を初め指薬、洗薬にも種々口伝がある、 としている。白内障の治療にかけては大智先生以外右に
でるものは日本国中いないだろうと評して次のように述べている。
「俗云内障也、眼目之療治惣而取地之血係切膜横刀引刀熱金等種々療治有焉由、余考如則之不用諸治唯服薬指薬洗薬之以三薬諸眼病療治而己○啻(帝の下に口)獨白内障不有針療治則不治恐非濃州 大智先生扶桑国裏不可契他療乎』
このように本書は馬嶋流眼科の秘伝書であるが、表題のごとく美濃馬嶋大智坊系の眼科を伝えたものと思われる。本書に記述された内障治療法は玄明叟が最も重視して羽陽米府城(現山形県米沢城?)の南雲氏に伝えている如く、その方法は大智坊一流として最も特異とするものであったと考えられる。本書によって天明年間の馬嶋大智坊流眼科の一端を窺い知ることができる。
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図2 図1同書 病症と治療法病名毎に眼病絵図を貼付している
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