眼科諸流派の秘伝書(25)
34.目形相伝抄
わが国の中世末から近世にかけて行われた医家の抄物は実学書として著わされ、広く活用された。眼科諸流派の秘伝書もそのほとんどが、実地治療法等を主に伝えた実学書ということができる。
『目形相伝抄』は眼科実地治療書として相伝された秘伝書であるが、流派名は示されず宝永3年(1706)書写相伝の識があるのみである。
本書は46葉全1冊(26×18.5cm)よりなり、片仮名交りの和文で記述され、元閲読者の朱入本である。本書は全体を前・後半に分け、その前半には諸薬之毒取事、薬性論之事、眼目治療薬之事、底障見様之事、カケキリ、アツカ子之事、爛目洗薬之事、馬之目薬事、
鷹ノ目ノ事、疵目ノ薬ノ事、星薬ノ事、打目ノ事、また、後半には口伝、薬性、禁物之次第、好物之次第、内薬○(=てへんに依)様之事、
目ヲ見ル次第等の各項目のもとに記述されている。
本書に記された治療法についてみると、およそ27種余の眼病名を眼病図とともに挙げ、その対症指薬と内薬の処方をそれぞれ示している。その概略を記すと以下の通りである。
青底障 |
指薬 |
竜脳散 |
内藥 |
地黄湯 |
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黄底障 |
〃 |
〃 |
〃 |
〃 |
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赤底障 |
〃 |
辰砂散 |
〃 |
明眼地黄湯 |
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白底障 |
〃 |
竜脳散 |
〃 |
地黄湯 |
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黒底障 |
〃 |
辰砂散 |
〃 |
〃 |
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藤 膜 |
〃 |
真珠散 |
〃 |
川キュウ湯 |
熱温金 |
七燿膜 |
〃 |
〃 |
〃 |
〃 |
熱金 |
三本膜 |
〃 |
〃 |
〃 |
〃 |
熱温金 |
篠ツキ |
〃 |
〃 |
〃 |
〃 |
熱金 |
トヒ膜 |
〃 |
〃 |
〃 |
地黄湯 |
熱温金 |
山眼膜 |
〃 |
〃 |
〃 |
川キュウ湯 |
熱金 |
簾 膜 |
〃 |
竜脳散 |
〃 |
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引刀 |
雲 膜 |
〃 |
〃 |
〃 |
四物湯 |
熱金 |
上 ヒ |
〃 |
紅梅散 |
〃 |
川キュウ湯 |
〃 |
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〃 |
真珠散
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〃 |
人参湯 |
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上気膜 |
〃 |
真珠散 |
〃 |
地黄湯 |
熱金 |
白膜 |
〃 |
竜脳散 |
〃 |
四物湯 |
熱金 |
草膜 |
〃 |
竜脳散 |
〃 |
川キュウ湯 |
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目星 |
〃 |
真珠散 |
〃 |
川キュウ湯 |
熱・温金 |
ツキ目 |
〃 |
○(=草冠にタ) 石散 |
〃 |
地黄湯 |
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〃 |
虎胆散 |
〃 |
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病目 |
〃 |
五冷膏 |
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〃 |
竜脳散 |
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血膜 |
〃 |
辰竜散 |
〃 |
川キュウ湯 |
温金 |
虫膜 |
〃 |
竜脳散 |
〃 |
四物湯 |
温金 |
中ヒ |
〃 |
竜脳散 |
〃 |
竜脳散 |
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月膜 |
〃 |
真珠散 |
〃 |
川キュウ湯 |
熱金 |
ツリ膜 |
〃 |
〃 |
〃 |
地黄湯 |
熱金 |
下血目 |
〃 |
〃 |
〃 |
川キュウ湯 |
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長血目 |
〃 |
〃 |
〃 |
〃 |
温金 |
このようにここでは指薬に真珠散、竜脳散が多く用いられ、また、内薬としては川キュウ湯、地黄湯が多く使用され、疾病によって熱金、温金が当てられていることがわかる。底障の種類に青、赤、自、黒、黄の五色のあることを記し、底障の見様を次の様に述べている。
「眼ヲアケテ見ルニ血モ筋モナク イカニモスミヤカニシテ 人見ノ内ニウミアル也、 目ハツ子ノヤウニシテ 少ミヱス、針ヲ立ルコト イカニモ天気ヨク晴レテ アサ四ツ五ツ時分立ル也、大小便ヲモセヌヤウニ覚悟シテ獏香円ヲ用テ可呑也、針ヲ立テ後 サシクスリ用?ナリ、竜脳散ヲサシテ其後 内薬地黄湯、一日二五度モ十度モ可呑、
口伝アリ」
底障の治療に"針ヲ立ルコト"手術療法が行われたことが窺われる。しかも天気がよく晴れ、朝四ツ、五ツ時分という厳しい制限であり、その様な日が定められるのはかなり稀なことになったものと考えられる。また、本書には"馬之目薬事"、"鷹ノ目ノ事"なる項目があり、馬の目薬として、菊明石、ボレイ、?骨、寒水石、楊梅竜石を粉末にして細い竹の筒にて吹入れる、
とあり、馬や鷹の目も人の目と同様に治療したものであろうか。
本書は医説や眼病論には言及していないが中国明代の医方から注釈抄録された眼病治療書とみられ、ことに内薬、指薬の処方と薬性を主に述べている。
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図l 『目形相伝抄』 巻頭 |
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図2 図1 同書 眼目治療の事。淡彩色でも眼病図の添描は読書の理解を深めた。 |
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