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研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 眼科諸流派の秘伝書 (27)

36.『眼科法相秘伝書』です。

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眼科諸流派の秘伝書(27)

36 眼科法相秘伝書


 古来眼科諸流派の治療法にはそのことごとくが『銀海精微』や『眼科全書』に論ぜられる五輪八廓説に基づく方法が用いられていたが、江戸時代後半に至り欧米医学、殊にオラング医学の導入により杉田立卿翻訳の『眼科新書』、本庄普一著『眼科錦嚢』(正続)等が行われ、中国漢方眼科の伝統を守ってきた馬嶋流眼科にも漢蘭折衷眼科(『眼科集要折衷大全』馬嶋円如著)が採用されるようになった。こうした眼科漢蘭医説の過度期ともいえる時期に眼科要言として伝えられたものが『眼科法相秘伝書』である。

「爰に邨上家秘伝雀目之方論並一秘方アリ、 論ヲ素問二随ヒ、方フ傷寒論ニモトメテ神ノコトシ、秘中ノロ伝也」 とは本書の中に記されている一端であるが、本書は
邨上家の秘伝書の一つと思われる。その末尾に、

陸奥前之侍医 中目道哉源国諮
謹誌開博次
邨上棠アン(=くさかんむり+合+算の下)源元辰 八十翁次之

また、その巻末に、

邨上棠アン源元辰花押
干時安政四己歳正月博次 奈良澤邑菱沼繁治殿

と識されているところより本書は中目道哉より邨上棠アンへ伝授され、更に邨上棠アンより菱沼繁治へ相伝されたものと推される。

 本書はおよそ50葉、全1冊(19.5×14.5cm)よりなり、片仮名交りの平易な和文で記述され、前38葉に本文を記し、後12葉に眼病図を掲載したものである。その眼病治療法を記した病名には以下のものが挙げられている。

 天行赤眼(流行眼)、風眼、 星目、打撲眼、 オ(=やまいだれ+於)血眼、爛瞼風之症、角膜曇暗之症、水腫眼之症、小児癖眼、小児雀目之症、産後雀目之症、瞼毛倒睫、 雷頭風眼、膿眼、突出眼、翅医眼 (馬嶋流、竹内流にてマケベと称し、邨上流にては翅サ目という)、梅毒眼、 輪月エイ、 内エイ之症、痰火上衝眼、翻花眼、眼胞結瘤、痘毒眼、麻疹毒眼。以上およそ24種類。

 また、別葉に図示された病名には藤膜、簾膜、杉膜、外障、天上、風眼、渕爛、逆睫、努肉、於肉、大破星、疱瘡目、外障努肉、月輪、窪目、釣膜、大風星、無名目、心中膜、 目錦、フウ?(=風の虫が百)毒、血症目、車目、千鳥目、八ケ目、大目綿、○(=虫の上にノ)膜、疾目、花月、 目蛭、血風毒、白内障、黄内障、青内障、石内障、中内障、血内障、黒内障、瘡目、蟹目、三雲目、著目、霧目、半月日、下雲目、上気目、軽顔、打目、碧眼、黄顔、用眼、鳥眼、膿底氷、下利玉、気内障、鳥目、○(=やまいだれ+耳の横棒が1本)目、上皮目、胎毒目、虚星、腫疼目、晴高、通牘、瘡毒目、等が付されている。

 また、図の中には眼頭に針を立てる図、涙道穴「シュロ」をさす図等も描かれている。

 邨上流眼科においては内障眼の種類に前述のごとく7種を挙げているが、白内障について次の様に述べている。

『内障眼之種類二十四症二区別ストイエドモ治スル症ハ只八症ノミニシテ、残ル十六症ハ尽ク不治卜定テ療術ヲ行ナハサル也、白内障ハ俗二云ウ膿内障卜云テ、世医タヤスク治スル事能ハネドモ、我門二鍼之一術在ツテ、是ヲ施セバ即チ鍼ヲ抜カザル内ヨリ光明ヲ見ヘシ、誠ニ雲霧ヲ撥テ白日ヲ見ルガ如シ、云々』と。このように内障眼には治、不治の種類のあることを述べ、その治療可能な白内障は邨上流の鍼の妙術によれば直ちに治癒するようにのべている。そしてその法は
『昔天竺ノ龍樹祖師、中華之張路玉等ノ諸名哲能ク此症ヲ治シテ神ノ如キ説、諸書二見得タリ、必疑フコトナカレ』といってその治療法が中国伝来の漢法の妙術であることを識している。

 また、本書には眼科専門を志す者の修業の心得といったことを次のように述べている。

 「何レニ眼科之業ハ小道ノ様二心得居ル人世二少ナカラストス、今予此ノ業フ専門トシテ其術二苦労スト云ドモ、未ダ其妙處二至ルコトヲ得ス、爰二仙台二角田、赤松、休本之老先生ノミ、其奇々妙々ノ術ヲ得ル人也……然レトモ筑前之須恵二田原養珀ナル人眼科之道二通達シタル大医アリ、又、尾州名古屋二真嶋大慈坊トテ世二聞ユル人アリ、信州諏訪二竹内新八郎、東都二御眼科土生玄碩、 赤松無量大人此ノ諸君子ハ随分名挙有輩ナレドモ、他二内治二委クシテ外術二渡ラス、外治二妙アツテ其内術二至ラス、何レトモ不具ナル人ニシテ内外術共ニ具備シタル者ヲ聞スト………先ツ此ノ業ヲ志ス諸士ハ深ク名医家二随順シテ尽ク心ヲ責テ百般之諸眼疾是ヲ窮理シテ佳ナルベシ」

 さらに述者は言葉を追加して「予二託スルコトヲセヨ、先大概ヲ論スルニ灰白障、緑眼、銀色エイ、青盲内障、棗花エイ(=醫の酉を日にかえた字)、陥欠エイ、一物両形障、鶏(鳥を隹にかえた字)眼、散大エイ、散花エイ、縮少エイ、閉塞症、附着エイ、金花エイ、乳汁障、此外諸名目アリト云ヘドモ爰二略ス、療術方ハ猶更秘中之秘ニシテ、別ツニ論ヲ設ク、委クハ予二随而其妙術フ得ルコトヲ要セヨ」 と述者の大医としての貫禄を誇示している。

 このように本書は中目道哉伝授の秘伝を邨上流眼科秘伝書として書写相伝されたものと解するが、従来の他の秘伝書と少し異なり、眼病治療法の記述の外、邨上翁自らの眼科専門医家への修業の経験を門徒に示そうとする門人指導書的感じが強い。また内容的には『眼科全書』や『銀海精微』に論ぜられる五輪八廓説から杉田立卿翻訳の『和蘭眼科新書』の論に進み、その論ずるところの六膜三液すなわち角膜、白膜、網膜、剛膜、葡萄膜、脈絡膜、水様液、水晶液、硝子液などオランダ眼科の新知識に感心が寄せられていることが窺える。つまり本書は文政初年頃から仙台藩伊達家に縁のあった中目道`(つくりが旬)創始の中目流眼科に関係があり、その著述、『古今精選眼科方筌』や『目病真論』(夙に眼科に志し、 広く問い、 遍く閲して刻苦数十年にして此の書を成す)に深い関連があるのではなかろうか。

 

 
 
 

図1 『眼科法相秘伝書』 巻末識。 

安政4年(1857)正月   邨上棠アンより菱沼繁治へ伝授。

 

 

 

 
 
 
図2  図1同書 眼病図。淡彩色描写。
 

 

 

 
 
 
図3  『古今精選眼科方筌』 前篇巻頭。
 

 

 
 
 

図4  図3同書 巻末。

某氏(中目流眼科門人か)の書写識。

 

 

 

 

(1984年3月 中泉、中泉、齋藤)

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