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この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

 

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今回は 眼科諸流派の秘伝書 (38)

47.『神教流眼科内障針秘書』です。

 

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47.神教流眼科内障針秘書

 神教流眼科は慶長年代の初め、竹生島*の弁財天祈祷によって夢中に授けられた法と伝えられている。

 文化年代にその9世の孫、古澤元泰(源 時英、号海庵、文化12年、52歳)という人が近江国(滋賀県)、 彦根、井伊掃部頭藩医官の隠居として江戸に住んでいた。この古澤元泰に埼玉県久喜町の佐藤純之助氏の曽祖父佐藤慶雲氏が教えを受けた。佐藤慶雲氏は文化年代より久喜町に眼科を業とし、代々慶雲を通称したといわれる。つまり、古澤元泰は先祖から受継いだ眼科を佐藤慶雲氏に伝授したことになろうか。

 文化12年(眼科新書刊行の年)、その神教流眼科極位が一子相伝して古澤元泰より佐藤慶雲氏に皆伝された法とは、風眼鼻中散 附 鍼之口伝、中障鍼之口伝、目痔薬之口伝 附 鍼之口伝、家法 明目勝宝丹 口伝、白内障鍼口伝、黄内障鍼口伝、内障鍼 附 薬之口伝、内障鍼口薬之口伝、貴人窺様之口伝。
 
 神教流眼科薬法集秘書; 大真珠散、小真珠散、真珠明目散、五霊膏、辰砂嚢、明目膏、清明膏、明目散、万和散解毒水。

 神教流眼科口伝八ケ条皆伝; ヌルガネノ事、アツガネノ事、 ドニクヲキル事、ウハヒヲキル事、メボシヲヌク事、サカマツゲノ事 附薬二種、スジヲキル事、チドメノ事。

 神教流眼科内治薬法集: 当皈散、解毒散、白朮散、地黄湯、柴胡湯、麻黄散、?黄散、明目湯、紅花湯、柴胡黄連湯、四明散、三黄散、龍膽湯、柴苓湯、順血湯、車前子湯、四物湯、解毒湯、○(=くさかんむりに浸)連湯、○(=鹿+鳥)胡菜湯、防風湯、大補湯、益気湯、六味丸、防風通聖散、鰻魚散、鶏卵散、血石

 神教流眼目秘伝集口伝: この秘伝集には凡そ50の外眼病図譜を描き、これに病名と処方薬名とを附記してある。

 神教流一子相伝の中、白内障鍼、黄内障鍼の2法は慶長2年秋8月15日神伝として伝えられた秘法と識されているところより、この二法については神教流の最も重視していたものと察せられる。(以上 小川剣三郎『実眼』資料による)。

 嘉永2年写、『友斐斉眼科方選』に併記された、「内障針之図、村本多膳伝神教流針之事」 には次の様に記述されている。

   「内障二五色アリ、其治スル者黄、白ノニ症ノミ、其初少シニテモ明アル者ハ必針スルコト勿レ、或ハ両眼七日ルモノ鍼モ必ス先ツー方ヨリ療スベシ、三四十日ヲヘ歴テ又一方ヲ鍼スベシ、鍼スルノ日ハ晴天ノ時ヲ撰ブベシ、針セント欲スルトキハ病人ヲシテ必心気ヲ落チ付カシメ、玉押テ針ヲトシヲオロスナリ。針オロス法、大抵ヒネリ針ヲオロスト同ジコトナリ、中指卜大指トニテシゾシヅトオロスナリ、症ニヨリ針スベキロノ見ユル者アリ、針スベキロ見ヘザル者ハ膿ノ先キニ廻リタル方ヨリオロスナリ、膿ノマワリノ先後ヲ考ルハ病左ハイササカ見ユレドモ右ハ見ヘネト云ヘバ、膿右ヨリ先キニマワルト知ルベシ。針ヲオロスノ深サ五分卜雖モ必ス五分二限ラズ、針ヲオロストキ病人疼痛ヲ苦シムニ至ラスヤ痛ト云中針ヲ度トス、モットモ針ヲ下シタル中彼針ノ先斗リヲマワスコトアリ、モットモ如終再発スル者ハ三二番迄ノ針ヲ用、 口伝也、針ヲ下ス場所、針ヲ下ス場所ハ瞳子ヲ去ルコトー分四五リン三分位ニテ、 ヨリ黒晴ナル者ハ軟、白眼ハ堅シ、誤テモ白眼ヨリ針スルコト勿レ、烏白堺ヨリ針ヲ横二下スノ説多シ『眼目明鑑』ノスル所モ右シカリ師門ニテハ直ニオロスコト一家ノ秘訣ナリ」。

 

 このように村本多膳伝神教流針之事によると、神教流の内障には5種あって、その中、白内障と黄内障のみが治するものとしている。その治術の方法は既述の通りであるが、その術式は『眼目明鑑』(杏林庵医生輯、 元禄2年刊)等に説かれている烏白堺より針を横に下す方法でなく、直に下す方法が用いられ、一門の秘訣とされていたようである。

神教流眼科の秘伝書には

『神教流眼科秘書』 l巻江戸、 古澤元恭(泰)著
『神教流眼病』 l巻、附『極撰流眼科経験方』江戸、古澤元恭(泰)著、附、江戸、竹内 守徳(新八郎)著、慶応2年 平宣夫、写本 (杏雨書屋蔵書目録)
『神教流眼科内外治方皆伝秘書 附 神教流眼目八筒条皆伝秘書』 古澤元泰 文化13年写 (岩波国書総目録、京大冨士川文庫本)

 等が見られるが、何れも文化年代、古澤元泰によって相伝された秘伝書がもとになってそれぞれ伝えられたようである。

 このように神教流は慶長の初年竹生島の弁財天に端を発した法と思われるが、薬師如来の夢のお告によって法が授けられたといわれる馬嶋流と同じ様に、そのそもそものもとは中国(明代)伝来の眼科書より教えられたものと推測される。初めは家伝として口伝の方法で伝えられていたが、文化年代に到り古澤元泰によって一子相伝の条、薬法集、 口伝八ケ条等が秘伝書にまとめられ、佐藤慶雲氏に伝えられたものと思われる。

 

  * 竹生島弁財天: 滋賀県琵琶湖の北端にあり、深緑竹生島の沈影で名高い竹生島宝厳寺、 真言宗豊山派、 聖武天皇の神亀元年(724)、行基菩薩の開基、西国第30番目の霊場、 日本三観音の一つ。

 

 


主な参考文献
   
  小川剣三郎:  稿本日本眼科小史.63、吐鳳堂、東京、1904
  小川剣三郎:  神教流 実眼、2:193、1919
  小川剣三郎:  神教流伝書 実眼、2:364、1919
  小川剣三郎:  神教流伝書(続).実眼、3:60、1919
  村本多膳伝:  神教流針之事(友斐齋眼科方選等併記). 嘉永2(1894)写、浪花
  金岡秀友:  古寺名刹辞典. 295.東京堂出版、東京、1973
  福島義一:  日本眼科全書.1.日本眼科史(1).58、金原出版、東京、1954


 
 
 
図1 友斐齋眼科方選。 内障外障等処方名を掲げる。
 

 

 
 
        
図2 神教流内障針之図。初め図があったものと思われるが、この書には図を欠く。
 

 

 

 

(1985年2月 中泉、中泉、齋藤)

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