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『内景圖説』 享保7年(1722) 扉 |
研医会図書館では文部科学省の科学技術週間にあわせて本の展示会を行っておりますが、2018年春の展示会は江戸時代の医学書やその周辺にある書物をご紹介いたします。
開催期間: 2018年
4月22日(日)~28日(土)
以前のお知らせでは月~金でしたが、前後の日曜・土曜も開催いたします。
開催時間: 9:00~16:00
開催場所: 研医会図書館
中央区銀座5-3-8
交通: 東京メトロ銀座駅 徒歩5分
対象: 中学生以上
入場料: 無料
眼科診療所受付よりお入りください
主催: 公益財団法人 研医会
お問い合わせ: 研医会図書館
● 展示書籍の解説
2018年研医会図書館 春の展示会「不老長生と医学―身体・服薬・煉丹術」
2018年4月22日~28日 研医会図書館
Ⅰ.医書のなかの道術・仙術
1『十薬神書』付「無上玄元三天心伝玉堂宗旨治伝屍労虫総法」
2『救急仙方』
3『太上黄庭内景玉経』『太上黄庭外景経』
4『和語本草綱目』
5『田子養生訣』
6『養生俗解集』
Ⅱ.臓腑と神々
7『諸病源候論』
8『難経』楊玄操注
9『遵生八牋』
Ⅲ-① 煉丹術 ― 外丹
10『大観証類本草』
11『本草綱目』図
12『太平聖恵方』
13『生々乳筆記』
14『本草和名』
Ⅲ-② 煉丹術 ― 内丹
15『蘇沈内翰良方』
16『黄帝八十一難経纂図句解』
17『改良外科図説』
18『医学正印』種子編
19『経穴籑要』
20『奇経八脈考』
Ⅳ.その他
21『内景図説』
22『神相全編』
23『倭漢三才図会』
24『長命衛生論』
25『正倉院薬物』
26『正倉院薬物を中心とする古代石薬の研究』
Ⅰ.医書のなかの道術・仙術
道教に関連する文献を収集整理し、明代に編まれた『道蔵』という一大叢書がある。医書の記述のなかに、この『道蔵』に含まれるものがある。道教の究極の目的は不老不死であり、そこに到達するために病因・死因を取り除くさまざまな方法が試みられてきた。医書では神の存在や呪術的要素は薄まってはいるが、同じ方法が行われていたり、神の名が薬の名として残っていたりする。
1『十薬神書』付「無上玄元三天心伝玉堂宗旨治伝屍労虫総法」元禄3年(1690)刊
和刻本1冊 図あり
元の医家・葛可久が編んだ『十薬神書』と、これに付される「無上玄元三天心伝玉堂宗旨治伝屍労虫総法」は、ともに「伝屍労(でんしろう)」または「労」と呼ばれる病の治療について説いている。「伝屍」は伝染性をもつ死病、「労」は消耗、枯渇の意であり、「伝屍」も「労」も肺結核と精神症状を含む広範な疾病概念とされる。気血が凝結して生じた虫が病原と考えられ、18種の虫の図が文中に描かれている。最初は、嬰児、鬼、ガマガエルなどの姿で人の体内に宿り、さらに絡まった毛髪、ムカデ、エビ、アリ、ハリネズミ、ヘビ、ブタの肺、馬の尾、スッポンなど、六代に渡ってさまざまに姿を変えていく。
道教経典『無上玄元三天玉堂大法』巻24「治尸労法」および『救急仙方』巻10・11(展示2)にほぼ一致する文が見られる。『無上玄元三天玉堂大法』は、1120年(南宋)に天君という神が降臨して人に授けたとされ(序)、ここには虫の図は見られない。また、これらに記載される各臓器を補養する散薬の名は、神仙世界を説く『黄庭内景経』(展示3)に見える五臓の神の字(あざな)が当てられている。
結核の原因とされる虫の図
2『救急仙方』全11巻 図あり
『摂生』全76冊(『道蔵』中の養生にかかわる典籍を集めたもの)の第70冊
『道蔵』に収録される医書。撰者成立年ともに不明。「無上玄元三天心伝玉堂宗旨治伝屍労虫総法」(展示1)の図を含むほぼ全文が『救急仙方』巻10・11に収められている。
3『太上黄庭内景玉経』全36章 唐・梁丘子(りょうきゅうし:白履忠)の序あり
『太上黄庭外景経』上中下巻
写本1冊 いずれも訓点が施されている
体内の神仙世界を説く経典。『黄庭経』は王羲之の書写を通して書家をはじめ日本人にもなじみ深い。王羲之が書写した『黄庭経』(外景経)は356年にさかのぼることができる。『黄庭経』には『黄庭外景経』(七言194句)と『黄庭内景経』(七言437句)の二種類のバリエーションがあり、百句以上の対応関係が見いだせる。「黄庭」とは脾臓の意、というのが通説である。脾臓は五臓の中央に位置し、五行では土に配当され、土の色は黄色であるから「黄庭」という。しかし、『黄庭経』は、脾臓を重視しながらも、そこに偏ることなく身体のあらゆる部位、臓器、そこに住まう神々を思い描き、それらと交信することを説いている。『黄庭内景経』心神章に見られる五臓の神の字(あざな)は、「無上玄元三天心伝玉堂宗旨治伝屍労虫総法」(展示1)および『救急仙方』(展示2)の臓腑を補養する散薬名としてそのまま用いられている。神の字は、その神と交信するための呪文ないしパスワードのようなものである。
『黄庭内景経』心神章
4『和語本草(ほんぞう)綱目』岡本一抱(いっぽう):撰 元禄11年(1698) 巻13-25 刊行本7冊
『広益本草大成』ともいう。明・李時珍『本草綱目』所載の薬物を基本に平易な日本語で紹介したもの。撰者岡本一抱は近松門左衛門の弟で、数多くの中国医籍の日本語注解を行い、入門書を著述した。巻18・金石部附録に「石芝(せきし)。諸もろの芝は(食べると)身を軽くし、長生して老いない。これもまた仙家の奇物である。五色の芝があり、形状は肉のようで、頭・尾・四足がある」という。道教徒が重んじたさまざまな神仙術を説く晋の葛洪による著作『抱朴子(ほうぼくし)』内篇(~317年)を参照している。『抱朴子』仙薬篇によると、芝には「石芝・木芝・草芝・肉芝・菌芝」の五芝があり、それぞれに百二十ほどの種類があるという。いずれも山中や海の果てに産する霊薬であり、見つけたら、符(おふだ)を芝の上に置いて逃げられないようにし、日を択び祭をし、祈禱して採取する。『和語本草綱目』に紹介されるのは、「石象芝(せきぞうし)」という象の形をした石芝の一つである。三千六百回杵で搗き、十斤服用すれば、一万年の寿命を得るという。
5『田子養生訣』田中雅楽郎(うたろう):著 文政9年(1826) 刊行本1冊
不老長寿のための養生書。「吐納(とのう)」という死気を吐き生気を納(い)れる呼吸術や、「鳴天鼓(めいてんこ:天鼓を鳴らす)」という両手の掌で両耳を掩い塞ぎ、人さし指で中指を圧して後頭部の骨を弾く術(展示6『養生俗解集』図参照)などが紹介されている。「吐納」は、『荘子』刻意篇の「吹呴(すいく)呼吸し、吐故納新(とこのうしん:古い気を吐き、新鮮な気を納れること)、熊経鳥申(ゆうけいちょうしん:熊のようにぶらさがり、鳥のように伸びをすること)するは、寿を為すのみ」に由来する。道教経典によると、「鳴天鼓」は上下の歯をカチカチと合わせる「叩歯(こうし:歯を叩く)」という術の一つであり、そうすることによって邪を祓い神々を招致することができるとされる。『田子養生訣』では「天鼓を鳴らす」ことによって頭がすっきりし、耳鳴りや聾が治るという。
6『養生俗解集』松尾陽和軒 舟横子:述 上中2巻 延宝6年(1678) 刊行本1冊 図あり
巻上・引導按摩之法に『田子養生訣』「鳴天鼓」(展示5)と同様の方法を図と文で示し、さらに「三十六回歯を叩いて神を集める」ことを記す。この図や文とほぼ同じものが、「鍾離(しょうり)八段錦法」(道蔵本『修真十書』巻19)の第一段として、また『遵生八牋(じゅんせいはっせん)』(展示9)に「叩歯集神図」として収められている。鍾離は八仙の一人に数えられる仙人・鍾離権のこと。
『養生俗解集』叩歯集神の図
Ⅱ.臓腑と神々
臓腑は神々が住まう大規模な宮殿である。神は龍や虎の姿をしていたり、一つの臓器に三千六百の官を従えていたりする。そこは自らの内部なのか、大宇宙なのか、もはや区別はつかないだろう。一人一人の神と一つ一つの臓腑の様子やはたらきをしっかりと思い描くことが、病を遠ざけるという考えは、医学においても排除されていない。
7『諸病源候論』巣元方:撰 全50巻 原著:隋・大業6年(610)
正保2年(1645)版 和刻本10冊
官纂の医書。疾病を67門に分けて病因と症候を記したもの。この書にしばしば引用される『養生方』のなかに道術や仙術が見られる。巻5・腰背病・脇痛候に『養生方』を引用し、脇腹が痛くなったら、左脇の肝が青龍となり、右脇の肺が白虎となり、目神が大勢の兵を従えて脇腹に入り、病を除き去ることを念じよという。五行に従う伝統的五臓観においては、肝は五行の木に配当され、(南面して)木の方角である東に位置する臓器となるから、右脇ではなく左脇にあるとされる。『黄帝八十一難経纂図句解』所収「内境側面図」(展示16)の腹部にも龍と虎が描かれている。また、巻38・婦人雑病・無子候に引かれる『養生方』に、子ができない時に有効とされる「月の光精を吸う」方法が説かれている。婦人が月の光を吸い込むと、陰の気が盛んになって、子道が通じ、久しく続けると、仙人になれるという。
8『難経(なんぎょう)』楊玄操:注
難経古注集成1『王翰林集註(しっちゅう)黄帝八十一難経』東洋医学研究会 1982年
『難経』は『黄帝八十一難経』とも称され、漢末には成立していたとされる医書である。「難」は問いただすという意であり、81の問いに対して答える形式をとる。内容は医学全般にわたる。唐の楊玄操注はすでに散佚しているが、後の『王翰林集註黄帝八十一難経』全5巻に収録されている。『難経』四十二難と六十六難の注に、瞑想して体内を神々のパンテオンとし、その神と一体化することで長生をはかる方法を説く道教経典『老子中経』(または『太上老君中経』)の記述と一致する箇所が見られる。『老子中経』の成立は5世紀頃であり、「内丹」(後述)の前身と考えられる。
四十二難楊注に説かれる「肝神は七人、(その名は)老子である。(肝を)明堂宮・蘭台府と名づける。従官は三千六百人」、「(心の)神は九人、太尉公である。(心を)絳(こう)宮と名づける。大始南極老人元先の身である。その従官は三千六百人」など、各臓腑に宿る神の数、神の名、臓腑の名称、神に仕える役人の数は、『老子中経』第23神仙(章)の記述とほぼ一致する。それらの記述に次いで記される、肝神のまたの名「蓋藍」、心神のまたの名「呴呴」などは、『老子中経』第26神仙に見える。
また、六十六難楊注に記される腎や臍に広がる神仙世界は、『老子中経』第10・12・13・14・17・19神仙をつなぎ合わせたものである。両腎の間の「大海」(一名「弱水(じゃくすい)」)には神亀が呼吸し、臍は登ると不死になれるという伝説の仙山「崑崙(こんろん)」と名づけられている。展示16「内境側面図」の背骨下端の円中に大海があり、そのなかに気を飲む亀「飲亀」が見える。大海のまたの名である弱水とは、崑崙山の周りをめぐる淵の名称であり、鳥の羽毛も浮かばない水で、龍に乗るのでなければ渡ることはできないと伝えられている。つまり、腎間の弱水に囲まれてそびえ立つ山が臍である崑崙ということになる。「内境側面図」(展示16)の腹部右辺りに「崑崙」の文字が見える。
9『遵生八牋(じゅんせいはっせん)』高濂(れん):編 明・万暦19年(1591)初刊 全19巻
刊行本15冊 図あり
明の文人によって編まれた日用百科手引書。文人のたしなみを養生法として解釈している。古代の聖賢の名言を収録する「清修妙論牋」(巻1・2)、季節ごとの養生法を説く「四時(しいじ)調摂牋」(巻3~6)、家具や遊具について説く「起居安楽牋」(巻7・8)、気功や瞑想法・内丹(後述)について説く「延年却病牋」(巻9・10)、茶と食の日常養生および不老長生のレシピを収める「飲饌(せん)服食牋」(巻11~13)、器・絵画・文具・琴・花などの芸術鑑賞や愛用品について述べる「燕閑清賞牋」(巻14~16)、丹薬の製法や解毒法を収める「霊秘丹薬牋」(巻17・18)、歴代の隠者を紹介する「塵外遐(か)挙牋」(巻19)という八つの部門から成る。八牋の順序はテキストによって異なる。
「四時調摂牋」には、肝臓のはたらきが旺盛になる春は、どのように修養すべきかが五行思想などに即して述べられている。「肝神図」は龍の姿に描かれ、神の名と字(あざな)は『黄庭内景経』(展示3)の神の名字と一致し、臓器がそれぞれ蔵する「魂・魄・神・意・志」の要素は、『難経』四十二難(展示8)の記述に一致する。また「飲饌服食牋」には、不老長生になれるという処方が数多く紹介されている。「延年却病牋」に収録される「陳希夷(きい)右睡功図」は、五代宋初の道士・陳摶(たん)が睡功と呼ばれる内丹の一種を修練している図である。「肺気は長らく坎(かん)位(腎)に居り、肝気は離宮(心)へもどり、脾気がそれらの気を中位に集めて合わせると、五臓の気は一つになって太空へ飛翔する」という。分化した五行万物を、再び根源の一気へと遡行させるべく、五臓の気を一つに収斂する内丹の一工程である。相術の書『神相全編』(展示22)も陳摶に仮託されている。
「陳希夷右睡功図」
Ⅲ.煉丹術
煉丹術とは、中国において不死を目的として行われてきた営みのうち、丹を作ることによって目的を達成しようとしたものである。大きく分けて二通りあり、一つは鼎器のなかで鉱物薬を煉成して丹薬を作り、それを口から摂取する方法、もう一つは身体という器のなかで薬材に見立てた気を煉成し、丹薬を作るように不死の自己を生み出そうとする方法である。前者は「外丹」と呼ばれ、本草(薬物)学と重なる部分があり、後者は「内丹」と呼ばれ、経絡(気の経路)説および妊娠・懐胎の理論と重なるところがある。
Ⅲ-① 外丹
10『大観証類本草』唐慎微:撰 原本:宋・元豊5年(1082)頃 全31巻 刊行本24冊
艾晟(がいせい):校訂 大観2年(1108)刊 望月草玄:翻刻 安永4年(1775)復刻 図あり
北宋の薬物学集大成の書。現存する『証類本草』の主要な版本のうちの1つ。丹砂(硫化水銀)や雲母などを久しく服用していると、身が軽くなり神仙になれると説く。
11『本草綱目』図上中下巻(各巻1冊)・品目(1冊)・奇経八脈(1冊) 刊行本5冊
明・李時珍:原輯 寛文12年(1672) 貝原篤信:輯録 図あり
『本草綱目』図上巻には、鉛、丹砂、水銀、雄黄(ゆうおう)、曽青(そうせい)、礜(よ)石など、煉丹術でよく用いられる鉱物薬が描かれている。
12『太平聖恵方』王懐隠ほか撰 宋・淳化3年(992)
全100巻 35冊(刊行本10冊・1~20巻+写本25冊・21~100巻)
刊行本は天明4年(1784)復刻 写本は永正13年(1516)写記
宋の太宗が医官の王懐隠ら4人に命じて編輯させた医薬書。太宗の序に「名方・異術・玄鍼を求め集むるに、皆その要を得。兼ねて妙方千余首を収得し、親験するに非ざる無し」と述べているように、太宗自ら編集に携わった医書のなかに仙術が含まれている。
巻94には、服用すれば飢えることがなくなったり神仙になったりするという156の仙薬の処方が列挙される。草木薬を中心に丹砂や雲母などの鉱物薬も見られる。たとえば、雲母粉や松脂などの薬材を用いる「真人服食方」は、1斤服用すれば身中の三虫や悪病を除き去り、2斤服用すれば飢渇や寒暑の苦を除き去り、3斤服用すれば筋骨が強くなり、4斤服用すれば気力が盛んになり、5斤服用すれば顔が玉のようにつやつやと輝き、6斤服用すれば身は飛行するように軽くなり、7斤服用すれば寿命を延ばして老いなくなり神仙になれるという。
また、巻95には51の丹法が収録される。目的は不死ではないが、煉丹術で扱われてきた主な鉱物薬が使用されている。丹法の最初に掲げられる「玉芝(ぎょくし)丹」と「紫粉霊宝丹」は、いずれも黒鉛と水銀が主要な薬材として記される。鉛と水銀は宋代以降の煉丹術で主流となった陰と陽を象徴する薬の組み合わせである。
13『生々乳筆記』水原定(静卿):著 文政丙戌(1826年) 写本1冊 図あり
「生生乳」とは水銀剤と他の薬物との混合物の名称である。朱砂液、礜石、雲母石などから作られる。本書は「煆煉(かれん)礜石法」「煆煉生々乳製剤法」「製生々乳丸法」「生々乳焼器之図」「同辯下焼上焼」「生々乳主治薬方分量服度」の6項目から成る。具体的な薬材の分量・製法に加え、多くの図が描かれている。薬を盛る炮烙(ほうろく)、それを載せる七輪、炮烙の下に敷く井桁、摺(すり)鉢、水を張った盥など、一般の台所で目にするようなものから、薬を焼く時に炮烙を摺鉢に伏せて蓋としている図、和紙で密封した摺鉢を盥のなかで冷やし、その上に炭を積んで加熱している図まで、簡単な手順の説明や心得とともに描かれている。また、火炉(または七輪)中に炭を入れ、そのなかに器を載せて下から加熱する図もある。炭は多いのが良く、火は猛烈なのが良いとする。万一器が破損した場合の備えについても記されている。
「生々乳焼器之図」
14『本草和名(わみょう)』深江(深根とも)輔仁(すけひと):撰 延喜18年(918)
全20巻 上下2冊
隋唐以前の書に見える薬物の異名・和名・産地を示す。和名と漢名とを対比させた最初の書。「丹砂」は多くの異名をもつ。「日精」とも呼ばれるのは、丹砂が山沢に降り注ぐ太陽の精(エツセンス)を凝縮したものと考えられていたことによる。すなわち、地上では最上の陽気の塊ということになる。これが煉丹術において丹砂が重んじられる大きな理由の一つである。「水銀」は「金」「白虎脳」「赤帝流汞(こう)」「子明(しめい)」「鉛」とも称される。「子明」は仙人の名でもある。和名は「美都加祢(みずかね)」。
Ⅲ-② 内丹
15『蘇沈(そしん)内翰良方』全10巻 清『六醴齋(りくれいさい)医書』収
北宋末の道士・林霊素の序あり
宋の沈括(しんかつ)と蘇軾がそれぞれ記した医書の合編とされる。巻6には外丹と内丹が入り混じって収録されている。「神仙補益」には、丹砂を主とする薬材を煉成・服用する方法が詳述されている。「続養生論」に説かれる内丹理論「五行顛倒(てんとう)術」は、「龍(木)は火から生まれ、虎(金)は水から生まれる」というように、五行相生説(木→火→土→金→水→木)を逆行するというものである。龍が水から生まれ、虎が火から生まれる順行は、「死の道」であるという。『黄帝八十一難経纂図句解』所収「内境側面図」(展示16)の腹部にも龍と虎が描かれている。また、「金丹訣」や「龍虎鉛汞(えんこう)説」には、鉛・汞(水銀)・丹砂の鉱物薬名が見えるが、いずれも内丹について述べたものである。「金丹訣」は、丹田という我が身の田畑に種をまき、耕し灌漑して丹を育てる方法を説く。
16『黄帝八十一難経纂図句解』李駉(けい):注 南宋・咸淳5年(1269) 『摂生』第42冊
図あり
『道蔵』に収録される南宋の難経注。ここに掲載される「内境側面図」には、内丹修練の要点が図示されている。
「内境側面図」
17『改良外科図説』高梅渓:輯 清・道光14年(1834) 全4巻(第3巻欠) 3冊 図あり
外科に限らず医学全般について説かれた書である。巻4の臓腑について解説する部分に煉丹術が伝えてきた伝統的な身体観が見える。
「臓腑正面」図は、見た目は解剖図に似るが、図の下には、心を君主とする伝統的な五臓の配置が記されている。「肺は金であり」、「肺の体(本体)は左にあっても用(はたらき)は右にある」、「肝は木であり」、「肝の体は右にあっても用は左にある」という記述には、五行に法った五臓観が示されており、図や実際の身体とは異なる。「汞離(心)は金(肺)を生じ」、「鉛腎は木(肝)を生じる」という臓腑間の関係も、五行相生説に法った解釈であり、ここに「汞」(水銀)や「鉛」の煉丹術の薬材を象徴する用語が見える。
「腑臓背面図」では、肝は正面図とは逆に左脇に描かれている。図の上の文には「虎」「龍」「離」「坎(かん)」などの煉丹術用語が見える。体は左で用は右であるものを「虎」とし、体は右で用は左であるものを「龍」としている。すなわち、肺を虎、肝を龍と称している。「上は離に接ぎ、下は坎に接ぎ、中宮に媒(なかだち)する」とは、上にある陽中に陰を含む離(心)の気と、下にある陰中に陽を含む坎(腎)の気が、中宮を媒介として中央の場で交わることを表している。
展示16「内境側面図」における陽中の陰と陰中の陽の性質をもつ二つの気は、心中の乙女「姹女(たじょ)」と丹田(腎)中の赤ん坊「嬰児(えいじ)」という不釣り合いな一対の男女の姿で表されている。男女関係にあった姹女と嬰児は、交わるやいなや、養い養われる母子関係へと転換される。図にはその二つの関係性が描かれている。
18『医学正印』種子編 岳甫嘉:著 明・崇禎歳次乙亥(1635年) 上下2巻 刊行本2冊
生命の誕生の道理および子作りに有効な薬の処方を説いた書。上巻は男科、下巻は女科。男科と女科は全く趣が異なり、月経を調えるための処方や懐妊・出産前後の補養のための処方がほとんどを占める女科に対し、男科には煉丹術(内丹)を想起させる記述が多く見られる。
たとえば、冒頭は「先天真一の霊気」の存在から説き起こされる。これは内丹家が重んじる、天地が創造される以前から存在する先天的・根源的な気である。人がそれを保ち合わせることができれば、「求子の道」においては「思い半ばに過」ぎるという(「先天霊気」)。
交合の至高の道理は、「虎を馴らす工夫(修養)」による。それは、まさにいわゆる「炉に金を点じる(煉成する)ような」ものであり、そうしてこそ「胎を成す」ことができるという。煉丹術自体、人の懐胎・出産のイメージを下敷きにし、小宇宙(外丹であれば鼎器、内丹であれば人体)のなかに造化を再現して不死の丹薬を生み出そうとしたものであるが、『医学正印』は人の懐胎を煉丹術のイメージによって説明している。煉丹術において、「汞」と「鉛」という混ぜ合わせるべき一対の毒性の強い薬材は、往々にしてどう猛な「龍」と「虎」に喩えられ、それらが人に害を加えないように調伏する過程が説かれる。『医学正印』中に見える「虎を馴らす」は、龍である夫が虎である妻を従わす意に読み換えられている(「交合至理」)。
本書は、交合のタイミングは婦人の欲情が極まる瞬間だとするが、その時の女性の身体を「温温たる鉛鼎」に喩え、「逆にして之(これ)を取れば則ち丹を成し、順にして之を施せば則ち胎を成す」と、丹を作るのも子を作るのもタイミングは同じであり、男が女から取るという「逆」の行為か、男が女に施すという「順」の行為かの違いであるといい、煉丹と懐胎を表裏の関係としてとらえている(「交合有時」)。
19『経穴籑(せん)要』小阪元祐:著 文化庚午(1810) 全5巻 刊行本5冊 彩色図あり
古今の経絡説の異同を考察して取捨折衷し、解剖図と古人の内景の説との違いを示した書。巻4には、腎や子宮の写実的な解剖図と並んで伝統的身体観に基づく図が掲げられている。伝統的な「腎経」図の説明文によると、「命門」は両腎の中間に位置し、「子宮の門戸」であり、「関元気海の間」に当たり、男の精液と女の血液がここで合して「先天真一の気」いわゆる「坎(腎を象徴する)の中の真陽」が作られるという。これが人の根源であるとする。
20『奇経八脈考』李時珍:撰 展示11『本草綱目』に収録される
「陰蹻脈」の解説に『張紫陽八脈経』を引き、督脈・衝脈とともに「経脈造化の源」とされる陰蹻脈は、「丹経」(煉丹術の経典)では「天根」「地戸(ちこ)」「復命関」「酆都(ほうと)鬼戸」「死生根」と多くの名称で呼ばれ、「桃康」という神が主(つかさど)るという。「張紫陽」は宋の内丹の聖典『悟真篇(ごしんへん)』を著した張伯端の号。陰蹻脈の別称「酆都」は、展示16「内境側面図」下腹部の「北都羅酆(らほう)」に当たり、道教経典においては死者の世界を表す。「桃康」は『上清黄書(こうしょ)過度儀(かどぎ)』などの六朝時代の道教経典に見える神名。『上清黄書過度儀』では、「過度儀」という性の通過儀礼において人体の命門(生殖器)に宿る神である。
また、「督脈」の解説に『入薬鏡(にゅうやくきょう)』や『参同契(さんどうけい)』兪琰(ゆえん)注などの内丹書を引用し、身体の正中線上を流れる督脈と任脈をつなぐことによって、体内の陰気と陽気を昇降させて交合し、丹を煉成する工程を述べている。「河車(かしゃ)」と呼ばれるこの工程は、「鹿は(気を)尾閭(びりょ)から運んで、督脈を通じ、亀は鼻息を納(い)れて、任脈を通じることができる」と説明される。展示16「内境側面図」の背骨の内側に沿う脈上に車輪のある鹿「鹿車」、背骨下端の円中に気を飲む亀「飲亀」が見える。「尾閭」は気の経路上にある関所の1つであり、丹田の気を督脈へと環流させる転換点に位置する。
Ⅳ.その他
21『内景図説』服部範忠:述 享保7年(1722) 刊行本1冊 図あり
新旧の内景図を掲げ、『難経』楊玄操注(展示8)、後漢の辞書『釈名(しゃくみょう)』釈形体、『黄庭内景経』(展示3)など広い範囲の書を引用しながら、臓腑の一つ一つについて解説したもの。腎の解説には、唐末から宋初の成立と推測される内丹書『霊実秘法』(正しくは『秘伝正陽真人霊宝畢法(れいほうひっぽう)』)を引用して、「天と地とは相い去ること八万四千(里)、人の心は腎を去ること八寸四分」という。天地間と心腎間は「八・四」という数字の組み合わせを媒介として伸縮可能であり、心腎は天地に匹敵すると考えられていた。『霊宝畢法』は、「正陽真人」すなわち鍾離権(しょうりけん)という八仙の一人が伝えたとされる内丹書で、体内の気を天地の気のめぐりに同調させ、五臓の気を一つに凝集して体内に不死の神を懐胎することを説く。修行者はその神と一体となることで有限の自己を超越する。
『内景図説』
22『神相全編』宋・陳摶(希夷):伝 明・袁忠徹:訂正 3-12巻 図あり
陳摶という五代宋初の道士に仮託される相術の書。目、鼻、口、耳、手、足、骨、気の色などあらゆる部位が観相の対象となり、数多くの図とともに示されている。巻4「寿相」の詩に、富貴の相は現れやすいが、寿相だけは知り難いという。その寿相とは、「背や腕が亀のようであり、行く様子も亀のようである。人中に鬚(ひげ)をはやし、手は綿のようだ」という。
23『倭漢三才図会(わかんさんさいずえ)』寺島良安(りょうあん):編 正徳2年(1712)自叙
全105巻 81冊 図あり
江戸の医者・寺島良安が明・王圻(き)の『三才図会』に倣い作った図入り百科全書。巻12・支体「懐妊」に、伝説化された唐の医者・孫真人(孫思邈:そんしばく)の懐胎論(『千金方』巻2「養胎」)が引用されている。「十月は百神備わりて則ち生ず」とは、胎児は懐胎期間の十か月目に身体じゅうに神が備わって生まれてくることをいう。六朝時代に成立したと推測される『上清九丹上化胎精中記経』『煙蘿子(えんらし)内観経』『内観経』などの道教経典には、懐胎期間中に胎児の身体に神が具わることが記されている。その神々が人の病因・死因を除き、人を長生不死へと導く。また、巻7・人倫「僊(仙)人」には、「老いて死せざるを僊と曰う」という『釈名』釈長幼篇の解釈が引用されている。さらに、仙薬の処方が記されており、菊の苗、葉、花、根茎を定められた日に採取し、百日間陰干しして、定められた日にそれらを合わせて杵で千回搗いて粉末にし、酒や蜜と一緒に服用すれば、一年で白髪が黒くなり、二年で抜けた歯が再生し、五年で八十歳の老人が児童に変じるという。
24『長命衛生論』本井子承(ししょう):著 文化9年(1812) 全4冊(上中下巻・附録)
諸子百家の書、歴史書、医書、詩文を引用し、長寿を得るさまざまな方法について論じた養生書。巻下「調気(気を調うる)の方の事」は、長寿の代表とされる「彭祖(ほうそ)」の言を引き「仙術の道」を述べる。枕の高さを二寸半にして身を横たえ、目を閉じ気を閉ざす。鳥の羽毛を鼻上に置き、それが動かないように300回呼吸をする。寒暑にも侵されず、蜂や毒虫にも刺されず、360歳の寿命を得るという。これは『抱朴子』釈滞篇に見える「胎息」(鼻や口で呼吸をせず、母胎のなかにいるように行う呼吸)という修養法である。『抱朴子』は、羽毛を動かさずに千まで数えられるようになると、一日一日若返っていくという。
25『正倉院薬物』朝比奈泰彦:編 植物文献刊行会 1955年 図・写真あり
26『正倉院薬物を中心とする古代石薬の研究』正倉院の鉱物Ⅰ 益富壽之助:著
日本鉱物趣味の会 昭和33年(1958) 図・写真あり
奈良正倉院には、約1300年前の天平時代に唐から渡ってきた薬物が伝えられている。両書は、1947年に始まった2度目の専門家による正倉院薬物の調査結果をまとめたものである。文献だけでは至難とされる石薬(鉱物薬)の研究は、正倉院に伝わる貴重な遺薬によって補われ充実したものになった。『抱朴子』にも仙薬として記される「大一禹余粮(たいいつうよりょう)」などの詳しい論考が収録されている。
(立教大学 加藤千恵)
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