『重刻太平恵民和剤局方』所載の眼科処方
鎌倉時代から安土桃山時代の内科は、主に『太平聖恵方』『和剤局方』など宋代の医方に依拠した。なかでも『太平恵民和剤局方』は医方書として最も広く行われた。
本書は宋の神宗帝が、元豊年間(1078~1085)に庶民救治のため、諸国の医師、その他に詔して諸国の秘方を集めさせ、大観年間(1107~1110)徽宗帝に至り、陳師文、裴宗元、陳承らが勅を受けて校訂撰述したもの(清水藤太郎: 日本薬学史)と伝えられる。本書はわが国へも輸入され、江戸初期から後期に至るまでしばしば復刻され、医方書として大変広く用いられた。ここには正保4年(1647)、村上平楽寺開板のものを紹介する。
掲出本は以下のものである。
『重刻太平恵民和剤局方』
陳師文等奉勅撰
昆明朱葵向之父閲
冶城袁元熙汝和父較
正保四年丁亥仲春吉祥
二条通玉屋町
村上平楽寺開板
四周双辺匡郭、無界、毎半葉10行、毎行20字詰、版心: 局方、黒口魚尾、巻数、丁数、返り点、送り仮名付、漢文、5針和綴、木板全10巻5冊(27 cm×16 cm)、「恵民局和剤方」(摺題簽)よりなり、各巻の目録は以下のとおりである。
巻1. 治諸風、附脚氣
巻2. 治傷寒、附中暑
巻3. 治一切氣、附牌胃、積聚
巻4. 治痰飲、附咳嗽
巻5. 治諸虚、附骨蒸
巻6. 治積熱火症、附秘渋
巻7. 治眼目、治咽喉、口歯
巻8. 治雑病、治瘡腫傷折
巻9. 治婦人諸疾
巻10. 治小児諸疾、諸湯、諸香これら目録のうち眼科は、巻7に眼目門のもと眼目、咽喉、口歯とともに以下のような薬物名が挙げられている。
巻7.眼目
錦鳩円、駐景円、蜜蒙花散、羚羊角散、秦皮散、鎮肝円、菊晴円、菩薩散、撥雲散、草龍膽散、蝉花散、春雪膏、流氣飲、洗肝散、菊花散、明晴散、蝉花無比散、明晴地黄円、洗眼紫金膏、草龍膽散、湯泡散、還晴円、曽青散、秘伝羊肝円
これらの各薬物名の下には証候、治方、処方および処方の服用法、運用法が記載されている。病門を21門に分類し、処方は総計297方を掲げている。
本書は宋代の代表的医方書で、一種の国定処方集といわれ、わが国においても江戸時代初期には享保年間に典薬頭橘親顕らが幕命を受けて野呂元丈の蔵本を翻刻されたものもある(岡西為人)といわれる。江戸時代後期に至るまで「局方」と略称され、最も広く用いられたと伝えられており、後年「日本薬局方」という名称はこの書に基づいたということである。
本書は中世以降のわが国医学の発展にも大いに影響を及ぼした貴重な文献の1つである。
■主な参考文献
1)国書刊行会: 解題叢書. 国書刊行会、1916
2)富士川游: 日本医学史. 日新書院、1943
3)清水藤太郎: 日本薬学史. 南山堂、1949
4)丹波元胤: 中国医籍考. 人民征生出版社、1956
5)三木 栄: 朝鮮医書誌. 自家版、1956
6)岡西為人: 中国医書本草考. 南大阪印刷センター、1974
7)岡西為人: 宋以前医籍考巻3. 古亭書屋、1969
8)小曽戸洋: 中国医学古典と日本一書誌と伝承. 塙書房、1996
図1 『重刻 太平恵民和剤局方』 表紙
図2 図1同書 袁元熈の叙末
図3 図1同書 巻7 眼目門の冒頭