図1 『本草綱目啓蒙』 小野蘭山: 口授 写本10冊
今月は小野蘭山口授『本草綱目啓蒙』を取り上げます。
小野蘭山には全国に千人の門人がいた、と伝えられています。先月ご紹介した飯沼慾斎も、幕命を帯びて採薬の旅をする蘭山に会い、教えを受けられることを「歓喜雀躍」したそうで、おそらく行く先々で心躍らせながら弟子となった人がいるのでしょう。
蘭山は『本草綱目』を講義の中心に据えつつも、『爾雅注疏』『毛詩』『秘伝花鏡』『救荒本草』などの中国本草書、また『大和本草』『詩経名物弁解』『本草綱目補物品目録』『巻懐食鏡』などの和書を使って本草を教えました。
『本草綱目啓蒙』の多紀元簡の序文(このサイトで全文を公開しています)には、稲生若水、松岡玄達、李時珍の名が出て、そうした偉大な先人の後を継ぐ者として、蘭山の存在があり、齢70になっても精力的に採薬の旅に出る、その旺盛な研究意欲を称えています。
この本には植物図はありませんが、どのような植物生薬を取り上げたのかがわかるよう、8冊め以降の巻についてはすべての目録を撮影し、画像で公開いたします。(金石については目録画像はありません)逆に図が中心の『花彙』などを見ると、「なぜ、この植物がとりあげられたのだろうか」と感じますが、あくまでも薬の原料としての植物を扱う本草学の立場で作られた、ということがこの『本草綱目啓蒙』を見るとわかります。その項目の順は李時珍の『本草綱目』に則っていて、いかにこの中国の本草書が新しい基準として受け入れられていたかを推し量れます。小野蘭山は『本草綱目』に敬意を払いながらも、わが国での新しい情報を付加して、講義を続けていました。また、ワインマンやドドネウスなど西洋の植物学の資料や知識も使って、考察をしています。そうした資料を並べながら、この書物を読むのも面白そうです。
図2 同本 多紀元簡 序文
図3 『本草綱目啓蒙』 八巻から十四巻の目録