2024.06.27
『法寶留影』
大正一切経刊行会:編 大雄閣(東京 小石川)
今月は大正時代に発行された仏典の写真集をご紹介します。
数日前から、末木文美士(すえきふみひこ)氏の『草木成仏の思想』(サンガ新社 2024)を読み始めていますが、改めて日本や日本人を知るには仏教史の理解なしには考えられないのだろうと感じています。大正時代は、江戸時代が終わってから約半世紀経ち、西洋文化が流入して日本人が世界へデビューし始めた時期です。西洋に追いつけ、という気持ちの一方で、これまで大事にしてきたものに対してもう一度捉えなおすような時期であったように思われます。
おそらく、この仏教経典の影印版も、そうした機運の中で企画されたのではないでしょうか。ネパールのバイタラ経に始まり、サンスクリット、シンハラ語、ミャンマー語、タイ語などの南アジアの経典、また、ロシア・アカデミー所蔵の中観論註、英国で発行された増一阿含経註、そして敦煌経を始めとする歴代中国の漢語仏典、高麗経、わが国の仏典、さらにチベット、モンゴル、満州の経典が紹介されます。
それまで身近な寺にある「お経」と思っていたものが、長い年月をかけ、遥かな地からさまざまな人々によって研究され学ばれて伝えられてきたものだと、捉えなおす気持ちがこの写真集に表れていると思います。日本人は世界を視野に入れるようになりました。
現代、心理学が扱ってきたものは脳科学へと移り、モノとしての人間の解明は進んでいます。それでもなお、人の心や人生の歩みに対して何かヒントを与えてくれるものとして、宗教の扱ってきた問題は重要です。日本人にとって大きな影響を与えた仏教について考える初めに、この写真集を眺めることもよい第一歩かと思いました。
図1 同本の一切経の系統図
図2 同本 ネパールの十地経写本
図3 同本 ミャンマー文字 長阿含経註
図4 同本 奈良聖語蔵 長阿含註